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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)4313号 判決

原告 増田正直

被告 豊中市南豊島耕地整理組合

主文

原告の請求は、何れも之を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は、「被告は原告に対し金二十七万五百二十四円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、「(一)原告は、被告組合の組合員なるところ、被告は、約十年前、原告の所有する豊中市大字穂積字竹之花七百二十五番地所在の田地一反一畝七歩(以下本件土地と称する)のうちに道路を拡張し且水路を新設するため、その西側の部分百三十一坪を潰地となした。その附近は住宅地として好適の場所であるが、右潰地の結果、本件土地の残部分は奥行約三間程度の帯状地形となり、もはや住宅地としての利用価値が殆ど減殺されることとなるので右道路拡張等工事施行に当り、原告は被告に対して、耕地整理法及び被告組合規約第一条第三十五条第一項の規定に基き、本件土地とその東方大字集会場の間に於て、按分土地で換地を交付せられるよう申入れたところ、被告はこれを承諾し、こゝに原被告間にその旨の約定が成立した。しかるに被告は、工事施行後、右換地交付の約定を履行しようとしないので、原告は、昭和二十五年二月二十四日書留内容証明郵便を以て被告に対しその履行を催告し、右書面は被告に到達したに拘らず、依然被告は今日に至るまで全くその履行をなさない。よつて原告は、被告の右債務不履行により別紙〈省略〉計算書記載の如く合計二十七万五百二十四円に達する損害を蒙つているから、こゝに換地の履行に換え、右損害金の支払を求める。(二)もし仮に右の債務不履行に基く損害賠償請求が理由なしとしても、被告は未だ原告に対して本件潰地に対する補償をなしていないから、原告は被告に対し、その補償金として、別紙計算書記載の如く金二十七万五百二十四円の支払を求める。」と陳述し、被告の抗弁に対し、「(一)昭和二十四年十月六日原告も出席の上開かれた組合会に於て、被告主張の如く組合規約変更の決議がなされ、右規約変更は同年十一月七日附大阪府知事の認可をうけた事実は認めるが、右決議は原告の反対を無視してなされたものであり、既に前記換地交付の約定に基き原告の有する換地取得の権利を不当に僅少な補償の下に剥奪せんとするものであるから、明らかに憲法第二十九条の精神に反する無効な決議であり、これに対する大阪府知事の認可もまた当然に無効たるを免れない。(二)昭和二十七年三月三十一日の第四工区組合員総会議の決議に基き同日附大阪府知事の認可を得て被告主張の如き換地処分がなされ、原告に対しその旨の通知があつたことは認めるが、右換地処分の決議は、原告の出席せざる総会議に於て一方的になされたものであるから、たとい大阪府知事の認可をうけたとしても、これを以て原告には対抗できない。仮にそうでないとしても右換地処分については未だ登記がなされていないから、換地が交付済であるとの被告の主張には理由がない。また被告主張の如く従前の土地三百坪に対し二百九十坪の割合で換地が交付されることとなつていた事実は認めるが、それは当初の耕地整理法及び被告組合規約に基き原告の要望する方法で換地を交付する場合に於てのみ理由があり、右方法によらざる場合には、本件潰地全部に対し、原告の主張する如く正当な補償として時価による全損補償をなすべきことは、憲法第二十九条の規定からみて当然のことである。しかも右換地処分決議の前提となつた前記規約変更もまた憲法違反により無効であることは前記の通りであるから、右換地処分即ち右割合により行われた原地換地並びに時価によらざる清算交付金の額は、いずれも右憲法の規定に反し無効なりと言わざるを得ない。なお原告が被告主張通りの組合費を滞納して被告から昭和二十八年八月二十六日その支払の督促を受けたことは認めるが、原告は、右組合費と本訴の債権とを以て対当額に於て相殺する。」と述べた。〈立証省略〉

被告代表者は、主文同旨の判決を求め、答弁として、「原告の主張事実中、原告が被告組合の組合員であり、被告が道路拡張及び水路新設工事のため、原告所有の本件土地の西側部分(但しその坪数は百三十一坪である)を潰地となしたこと、そのため残地が奥行約三間程度の帯状地となつたこと並びに原告主張の日時に原告より内容証明郵便を受取つたことはいずれも認めるけれどもその他の事実はすべて争う。即ち、(一)、原告の主張するが如き換地交付の約定がなされたことはない(尤も原告がその主張の如き内容の希望を表明したことはあつたけれども、被告は該希望に対し何等の約束をもしたことはない)。仮りに原告主張の如き換地交付の約定があつたとしても、耕地整理法は、昭和二十四年八月四日廃止となり、之に代つて土地改良法が施行され、農地の交換分合を為すにつき支障を生じ、当初計画の方針で事業を遂行することが不可能な状態となつたので、土地の交換分合を定めた被告組合規約第一条及び第三十五条等の規定はいずれも昭和二十四年十月六日適法に組合会に於て変更乃至は削除する旨の決議がなされ(原告も組合会議員として出席)、右決議に対し、同年十一月十七日附大阪府知事の認可をうけ、爾後は新に土地の交換分合が強制できないこととなり、専ら原地換地をなした上過分不足分に対しては金銭清算によることとなつたため、原告の要求には応じ得なかつた訳であるから、原告の債務不履行に基く損害賠償請求は理由がない。(二)、原告に対しては既に適法に換地処分がなされており、もはや補償の問題は起らない。即ち、本件土地は、被告組合の第四工区に属する土地であるが、同区に於ける道水路工事等のための潰地は反当り約十坪の割合となるから、従前の土地三百坪に対し二百九十坪の換地を交付すれば足りることとなる。而して、元来耕地整理法第三十条第一項に基いて設けられた被告組合規約第三十五条第一項の趣旨は、原告の主張するように各組合員に対し一筆毎に換地を清算交付するものでなく、各組合員毎に従前の土地の総地積に比例して換地の総地積を定める趣旨であり、従前の総地積と換地のそれとの間に過不足の生じたときは、同規約第三十六条により金銭にて清算することとなつていたから、原告の場合は、その第四工区に於ける従前の持地総地積一町八畝二十五歩(実測坪数)に対し、一町五畝五歩の換地を交付すれば足り、もしその間に不足の生じた場合にはその分に対して金銭補償をすれば良い訳である。そこで、被告は、昭和二十七年三月三十一日被告第四工区組合員総会議に於て、右の基準に従い、適法に、原告の同区に於ける従前の持地に対し一町四畝四歩の換地を原地にて配当し(前記の如く組合規約変更の結果、原地換地によらざるを得ないが、その際原地に地続なる耕地整理法第十一条第一項該当の土地は原地に附属せしめこれと一体をなすものとして交付した)、不足分三十一坪に対しては、清算交付金として、国の農地買収価格(賃貸価格の二百八十倍)に基き算出された整理後の土地価額である坪当り金二十四円二十銭の割合によつて算出して清算した金七百五十三円七十銭を交付する旨の換地処分の決議をなし、右は同日附大阪府知事の認可をうけ、既に原告に対し通知済である。従つて右換地処分は原告に対して確定しており、原告に対する換地は交付済である。但し清算交付金については、原告が昭和二十四年及び二十五年度分の被告組合に支払うべき組合費金五千四百四十四円四十銭を滞納しており、清算交付金が組合費によつて賄われる関係上、一時その支払を停止しているが、原告が組合費を完納した時には何時にてもその支払をなす次第である。よつて原告の本件潰地に対する補償金の支払を求める第二次的請求もまた理由がない。」と述べ、「被告組合は、宅地造成を目的とする土地区劃整理組合等とは性格を異にし耕地整理法に基き土地の農業上の利用を増進する目的を以て組織され、昭和十五年二月十六日大阪府知事に設立認可申請を為し、同年八月二十日大阪府知事の認可を得て設立されたものであつて、爾後大阪府係官の指導と監督を受けて事業を遂行し、その事業は既に完成し、目下清算中である。そして、被告組合の事業の一部として、本件潰地に設けられた道路及び水路により、本件土地はかえつて農業上の利用が増進されている次第であるから、住宅地としての利用価値の減少を前提とする原告の本訴請求は根本的に不当である。」と附陳した。〈立証省略〉

理由

原告が被告組合の組合員であり、被告が約十年前、被告第四工区に属する原告所有の本件土地のうち、その西側部分百三十一坪を道路拡張及び水路新設のために潰地となし、その結果、残地が奥行約三間の帯状地となつた事実については当事者間に争いなく、成立に争いのない乙第二、三号証、証人渡辺与四夫、同野村由後の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると、被告組合は、旧耕地整理法に基き、本件土地を含む地区内の土地の農業上の利用を増進する目的を以て組織され、昭和十五年二月二十六日大阪府知事から設立認可及び工事施行を許可された耕地整理組合であることを認めることができる。

(一)、原告は、本件潰地につき、被告は原告に対し本件土地とその東方大字集会場との間に於て按分土地により原告に換地を交付すべき約定をなしたにも拘らず、その履行をなさないから、右約定に基く債務の不履行による損害を賠償すべき義務がある旨主張するので、この点について判断するに、原告が右の如き換地交付の希望を被告に対して表明したことは被告自身も認めているけれども、更に進んで原被告間に原告主張のような内容の確たる約定がなされるやの点については、原告本人尋問の結果中これに符合する部分が存する外他に右約定の存在を認定するに足る証拠はなく(原告が右約定の履行を催告したものと称する成立に争のない甲第一号証の内容証明郵便の文言を見ても、原告が被告に対して按分土地による換地を要望していた事実が認められるに過ぎない)原告本人尋問中の該供述部分は遽かに措信し難いところであるから、右約定の存在は遂にこれを認定し得ない。従つて右約定を前提とし、被告の右約定に基く債務の不履行を理由としてなされた本訴第一次的請求は、爾余の判断を俟つまでもなく失当たるを免れない。

(二)、次に本件潰地につき、補償金の支払を求める本訴第二次的請求の当否について判断するに、被告が当初より換地をなすに当り、各組合員に対し一筆毎に換地を清算交付することなく、各組合員毎に従前の土地の総地積に比例して換地の総地積を定め、その間に過不足の生じたときは金銭によりこれを清算する方針をとつてきたことは、証人渡辺与四夫、同増田伝太郎、同野村由後の各証言により明らかなるのみならず、原告本人尋問の結果によれば原告もまた自供するところである(旧被告組合規約第三十五条同三十六条の解釈としては右方針のいずれによるも可である)。而して本件土地の存する被告組合の第四工区に於ける換地の割合が従前の土地三百坪に対し、二百九十坪の割合による換地を交付するようになつていたことは、当事者間に争いのないところであり、同区に於ける原告の従前の持地総地積(実測坪数)が、一町八畝二十五歩であつたことは、証人増田伝太郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第九号証、右乙第九号証及びその成立形式に徴し真正に成立したものと認むべき同第十号証によつてこれを認めることができるから、右割合により原告に交付さるべき換地の総地積を算出すると、一町五畝五歩強となることは計数上明らかである。ところで、昭和二十四年十月六日原告も組合会議員として出席した組合会に於て、組合規約中新なる土地の交換分合に関する規定を削除する旨の決議がなされ、同年十一月七日付大阪府知事の認可をうけて、爾後被告は換地処分に関し、専ら原地換地の方針によらざるを得ないこととなり、換地不足分に対しては金銭にて清算することとなつたこと。次いで昭和二十七年三月三十一日に行われた同区組合員会議に於て、被告は右方針に基き、原告に対し原地にて一町四畝四歩の換地を交付し、前記一町五畝五歩に対する不足分三十一坪に対しては、清算交付金として当時の国による農地買収価格に基き坪当り金二十四円二十銭で交付することとし、従前の土地の評価額と換地の評価額と換地の評価額とを算出して清算した額である金七百五十三円七十銭を交付する旨の換地処分を決議し、同日附大阪府知事の認可をうけてその旨原告に通知したことは、いずれも当事者間に争いのないところである。

しかるに、原告は、右換地処分の決議が、原告の出席しない総会議に於て一方的になされたものであるから、たとい大阪府知事の認可をうけたとしても、これを以て原告に対抗することはできないと主張するけれども、およそ適法に召集された議決機関に於てその表決事項を適法に決議した以上は、その欠席につき如何なる事由があるとしても欠席者は該決議に拘束されるものであり、反対の立証のない限り該機関が適法に召集され適法な手続で決議をなしたことは常に推定をうけるべきものと解するのが相当であり、本件に於ては、前記総会議の召集並びに議決手続の違法性を認むべき事実につき原告は、何等立証を為さないから、単に原告が右決議に参加しなかつた一事をもつてその効力を否認するが如きは、何等理由のない主張といわなければならない。(而して、換地処分は耕地整理の施行に外ならないのであるが、土地の所有者等は耕地整理の施行につき、原則として異議を述べることができない旨規定する旧耕地整理法第六条の趣旨に照らしても、原告の右主張は到底これを採り得ないところである。)

更に原告は仮定的に、右換地処分は未だ登記されていないから未完了であり、原告に対しても効力を有しない旨主張するが、右換地処分の効力は、旧耕地整理法第十七条第一項、第三十条第四項の規定により、地方長官が換地処分に認可を与えこれを告示した日から発生するものと解するのが相当であり、右の認可があつたことは当事者間に争いなく、且告示の事実も事の性質上これを推測しうるから、原告の本主張もまた理由がない。

次に原告は、従前の土地三百坪に対し二百九十坪の割合で換地が交付されることとなつていたことは認めるが、それは当初の旧耕地整理法及び旧被告組合規約に基き原告の要望する按分土地による換地を交付する場合に於てのみ理由があり、右方法によらざる場合には、本件潰地全部に対し正当な補償として時価による全損補償をなすべきであつて、憲法第二十九条の規定に徴しても右要求は正当なるのみならず、前記換地処分決議の前提となつた、昭和二十四年十月六日の組合会による被告組合規約変更は、既に原被告間の約定に基き原告が有するところの按分土地による換地取得の権利を害するものであつて、これまた憲法第二十九条の規定に反し無効であるから、前記換地処分による金銭補償は正当な補償とはいえず憲法違反により無効なりと主張するので、この点につき判断するに、右主張中原、被告間の換地交付の約定を前提とする部分は、前示の如く右約定の存在を認めることができないから理由がない。而しておよそ耕地整理組合を組織して耕地整理をなす場合に於ては、事の性質上、総ての組合員個人の要望を満たし、その欲するところに従い各組合員の完全なる満足を与えるような耕地整理を施行することは、到底不可能である。しかしながら、耕地整理により土地の農業上の利用を増進せしめ、以て農作物の増収をはかり食糧問題の解決に資せんとするが如きは、むしろその本質に於て個人の利益を超えた国家的事業であり、かゝる耕地整理の公共性の故にこそ、国家は、その施行に当り種々の特権を与え、耕地整理組合をして公法人としての性格を附与するのである。従つて耕地整理施行の前には、純粋の個人的慾求に出でたる要望は多く制約を受けることとなるのはやむを得ないところである、この意味に於て、原告が他と異なる割合により従前の土地全部に対する換地処分、潰地全部に対する全損補償を主張するのは、何等由なき主張なりと言わざるを得ない。しかしながらたとい公共の福祉のためであつても、私有財産は正当なる補償の下でなければ、これを用い得ないことは、原告の主張するように憲法第二十九条の要請するところである。この点につき原告は、被告の主張する清算交付金の額は時価によるものでないから正当な補償とは言えない旨主張するので考察するに、右清算交付金の額七百五十三円七十銭が当時の国による農地買収価格に基き算出されたものであることは当事者間に争のないところである。ところで原告は時価として、住宅地として売却する場合の価額を主張するけれども、そもそも被告が土地の農業上の利用増進を目的として組織された耕地整理組合であることは冒頭認定の通りであり、検証の結果によると、本件土地が農地であることが明らかであるから、被告が清算交付金額の算定に当り、国の農地買収価格に依拠したことは正当である。従つて、原告の前記主張は理由がない。そうだとすると、本件土地を含めた被告第四工区に於ける原告の土地については、総て既に換地処分がなされたこととなり、ただ原告は被告に対し、前記清算交付金として、金七百五十三円七十銭の支払を請求し得るに止まることは明らかである。しかるに、原告が、被告に対し、被告主張の組合費金五千四百四十四円四十銭を滞納していることは、当事者間に争いがなく、之と原告が被告に対する本訴により請求する債権とを以て、対当額に於て本訴で相殺したことは記録上明白(訴状末尾に明記)であるから、右相殺に因り、右債権は消滅し、残存するものがなくなつたことは明らかである。

よつて原告の本訴請求は総て理由がないから、何れもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 岡野幸之助)

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